暖かく柔らかな風が、むき出しのわたしの腕をなでていく。脱水をしただけではまだ重く感じるタオルケットを、端をコンクリートの床に触らないように気をつけながら干していると、昼前の日差しが腕の産毛を金色に輝かせる。目の高さと同じほどの高さを電線が走って、物干しを終えてもわたしはベランダに出たまま暫く外を見て、電線の行き先を追いかけていた。月極めの駐車場になっているマンションの前庭とその先の狭い道は、最近になってアスファルトが敷かれて雨の日でも靴を濡らす心配がなくなった。四階のベランダからとは言え、辺りにそれほど高い建物がないせいもあって意外に遠くまでを見渡せる。
子供の頃は、電線を見上げたまま歩くのが好きだった。灰色の電信柱の間に掛け渡された重たく黒い電気の通り道を目で追いながら歩いていると、途中で白くて小さな陶器の玉や、宇宙船の部品のような不思議な形をした機械を椰子の実のように実らせた次の電信柱に突き当たる。もしも電線の上を、サーカスの綱渡りみたいに歩いて行くことができれば、この世界の何処にでもたどり着けるのだろうと、子供のわたしは空想していた。
空ばかりを見上げて歩いて、蹴つまづいては転んで、怪我をして泣いて、隣を歩く母親に叱られてはまた泣いた。
「どうしてよそ見をしないで歩けないの?」
わたしが今一番に見たいのは地面ではなく、頭上を走るあの電線だと言うことを、上手く説明できないもどかしさに、幼いわたしはますます涙を溢れさせて、叱る母親を困らせた。 Read the rest of this entry »